2016年04月10日

週刊CAMBIO NO.1170

第7回岡谷まち歩き古本市 チラシを折り込みました
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23日に開幕する第7回岡谷まち歩き古本市のチラシと、主催イベントである岡谷路上観察部のチラシを折り込みました。先日折り込んだ弁士・生ギター伴奏つき無声映画上映会、全国から集めたフリーペーパーを一堂に展示するフリーペーパー博覧会、オリジナルトートバッグを買って会場を巡ると会場ごとにデザインが違う缶バッジがもらえる歩らりトートなど、たくさんのイベントを企画しています。ぜひお出かけくださいませ。
CAMBIOの2階にはたくさんの古本、新刊、雑誌が並びます。着物の古着があれば、紙ものの古道具もあり、賑やかは9日間になります。御柱祭に関心がなびきがちですが、古本市もやってますよ〜!遊びに来てね〜!
なお、個別イベント欄にある「フランススープカフェ」は、日程が折り合わず出店できません。

富士見町ほそかわ農園のケチャップ 新登場!
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富士見町細川農園のケチャップです。4月の新商品。一足先に秋から棚に並んだトマトピューレが大人気で、このケチャップの登場を心待ちにしていた人も多いことでしょう。何と言ってもトマトに旨味があるので、ピューレがトマトそのもののように美味しいのです。そのピューレをベースにスパイスを加えたケチャップですから、それはもう・・・。
マイルドとスパイシーがあります。とろりとしたトマトの旨味を味わうならマイルド、キリッとして後から辛味が追いかけてくるのがスパイシー。どちらも 320g 890円

祝島ひじき 磯の風味が漂います 数量限定品
IMG_2215.JPG春の大人気商品、祝島ひじきです。ようやくまとまった量が入ってきたので、ご紹介できるようになりました。これまでは不本意ながらお一人様おひとつとさせていただいてきたのですよ。美味しいのですが数が少ないので、今後も分け合いましょう。
柔らかさといい磯の風味といい、抜群の美味しさは折り紙つき。山口県周防灘に浮かぶ祝島で、春の新芽だけを摘み取って大釜で茹で、乾燥させただけ。だからこの時期しか出荷がないのです。それを全国の店で取り合いをするのでなかなか回ってこない、というワケ。
やっぱり美味しさを感じるのはオーソドックスなひじき煮ですね。醤油を控えめにすると、さらに磯の香りが立つ。さっと水で戻してサラダも美味です。65g 600円

ねつ野菜のドライハーブ、唐辛子や乾燥にんにくも
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「ねつ野菜」のドライハーブを補充しました。新たに一味唐辛子や乾燥ニンニクも登場。緑のドライハーブに赤、白が加わってカラフルに。
「ねつ野菜」の販売戦略はなかなかユニークで、夏場は消費者へ野菜を直売するだけでなく、南アルプスへの登山バス発着所で下山してきた人に向けて野菜を売ったり、冬場はこのドライハーブを作っていろいろな店に卸したり。まだ誰も手がけていない部分をうまく見つけて、自分のスタイルにしてしまう。
このドライハーブだって、ただ袋に詰めただけならそれほど売れなかったかもしれない。でも、きっちりと見やすいラベルを作って貼ったら、ぐっと中身が引き立って見えるようになるのです。これはやっぱりデザインのチカラだ。
ドライハーブ バジル、イタリアンパセリ、青しそ、おかのり 250円 輪切り唐辛子 150円 内藤一味唐辛子 450円 乾燥ニンニク 200円

御柱祭と古本市と5月連休の営業予定 休業日があります
いよいよ来週から御柱祭の山出しが始まります。そして月末には第7回岡谷まち歩き古本市が始まり、それが終わると5月連休と御柱祭里曳き。複雑な日程に挟まれていますが、基本的にCAMBIOはいつも通りに営業します。ただし、以下の通りのイベントとイレギュラーがあります。
●岡谷まち歩き古本市 4月23日(土)〜5月1日(日)
●期末売り尽くしセール 4月29日(金)〜5月1日(日) 全品10%OFF
★配達休業 4月29日(金)の配達は休業。 宅急便での発送は可能です。通常の配達料で承ります。
★臨時休業 CAMBIOは5月3日と4日は休業、研ぎ玄は3日から6日までを休業します。

美味しい仕込み味噌 地元の喜多屋醸造店から
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仕込み味噌の季節です。岡谷の老舗「喜多屋醸造店」の仕込み味噌をご紹介しましょう。色の白いきりっとした味わいが特徴の喜多屋の「手造り味噌・白」と同じ仕込み方。国産の大豆と米、長崎産の塩で仕込んだ10割味噌。どのタイプも届いたままで寝かせていただける「詰替え不要」。ご注文から2週間ほどでお届けできます。かつて味噌の製造量日本一を誇った岡谷が誇る自慢の味噌をご自宅で寝かせて、手前味噌にしちゃいましょう。
○無添加国産10割こうじ仕込み味噌 段ボール10s 5000円 プラ樽入10s  5500円 
段ボール20s 9800円 プラ樽入20s 10500円

研ぎ玄のコラム 切れてこそ NO.366 「キレイ」でこそ (16−6)
 二十数年前、この地域に引っ越してきて驚いたことがある。交差点内や直前やで道路がカーブし、見通しが悪いことに。「見通しが良ければ事故が少ない」なんて単純なものではないけれど、唯でさえ交通事故の半数以上は交差点で起きているのだから、カーブした道路を交差させて欲しくないものだと思った。その上凍結でもしていようものならば、停止のタイミングが遅れ、交差点の手前で止まれないことだって起きうる。まあ、何度か通行していれば、寧ろ安全に寄与する可能性も否定できないけれど、十分承知の上でも止まれない経験は、誰にもある。十分にお気を付けください。
 道路の作りがどんなにお粗末でも、運転者の技量が十分ならば滅多なことでは事故には繋がらないものだけれど、誰にでも「うっかり」や「思い込み」はあるので自分だけが「正しい走行や歩行(先ず不可能だけれど)」をしていたとしても常に安全とは限らない。だからこそ、自分を含めた周囲の状況を常に把握しておくことは、自分の身を守ることに繋がる。何かと話題の「自動運転」が普及するまではまだ時間が必要だし、過渡期は無論のこと全車両がそうなったらなったで、また新たな問題が出現するだろう。それでも「時代の流れ」は確実にその方向に進んでいる。衝突安全性能が上がっただけで交通事故の死者数が激減したのだから、衝突回避可能な車両が
登場すれば、格段に安全性能が向上するのは間違いないから「喜ばしいこと」なのだろう。けれども、世の中が変化すれば必ず、それについていけない人がいて、悪意に満ちた人(一定割合存在するらしい)が破壊や混乱を求めて悪さをしようとする。「無事故への道のりは遠い」。「マイナンバー」程度で混乱しているのだから・・・。

CAMBIO店主のコラム 雑言 NO.1170
2日(土)から御柱祭が始まって、人の動きがいつもと変わった。今週は上社の山出しだから岡谷は関係ないだろうと思っていたが、やっぱりみんな気になるのだろうな。きっと生中継をしているケーブルテレビの前に釘づけなんだろうな。来週の下社山出しの日々もCAMBIOはいつも通りに営業してますよ◆上社山出しが始まる前日の1日(金)に八ヶ岳周辺を配達と集荷で回ると、お客さんは誰もが御柱には興味を示していなかったが、地元出身の生産者は家にいないか、いても地に足が付いていなかった。お客さんは移住者ばかりだから、マイペースで暮らしたい人が多い。生産者は移住者であっても地元の付き合いが欠かせないから興味を示す、という構造のようだ。地元に生まれて今も地元で暮らす人たちには御柱DNAが埋め込まれているので、この日に向けて着々と準備を進めている。この時代にあってもたくさんの人が一致団結してひとつの柱を曳くというのは、見事なまでの地縁というものだと恐れ入ってしまう◆生まれ育った東京のはずれで28年、所沢を経て青梅で6年、岡谷で店の上に2年、そして今の地で22年。思えば私は点々と引越しを繰り返してきたので、地縁と呼べるものがない。いま住んでいる地域での役がそろそろ回ってきそうだが、数週間前に書いたような移住者としてのジレンマを抱えたままで、まだその地域に帰属感を感じるほどの地縁が育っていない。そもそも東京というところは下町を除けば移住者ばかりの土地柄だから、地縁というものがほとんどないに等しい。子供のころに原っぱだった空き地にどんどん家やアパートが建ち、長く住んでいる人だって数十年、アパートの住人は数年で入れ替わる。昔から住んでいた農家だけは住いと庭の広さが一ケタ違い、あとから家を建てて住んだ人は猫の額のような土地に、ウサギ小屋と外国人から揶揄されるような粗末な家ばかり。学校に行っていると自動的に地域性を帯びてくるけれど、高校生になってその地域性も外れると、地域性よりも匿名性が優先されるようになる。その年頃にはそれが結構また快適でもあったので、その後に点々とした先でもついぞ地域とかかわることはなかった◆その後も両親が東京に住んでいれば、自分にとっての故郷として帰る場所になったかもしれないが、何を思ったか、孫と一緒に暮らしたかったか、信州にやってきてしまった。だから、私にとって東京という場所は、帰るべきところのないかつて暮らした土地という位置づけでしかない。生まれたところを故郷というのならそう呼ぶことは吝かではないが、あまり気持ちがこもった呼び方にはならない。小学校や中学校の友達はいまだに地元に住んでいる人もいるが、地元に残っているもの同士での付き合いが強い分、離れてから長い時間が経つと会いに行きにくくなる。だから、転居して30年になるが、かつて子供時代に遊んだ街を尋ねることは一度もなかった。ときどき夢の中で思い出のある場所を訪ねることはあるけれど◆子供のころの出来事は、胸の中に描かれた刺青のようなものだと思う。楽しいことも多いけれど、記憶から消してしまいたいようなことに限って、決して忘れることなく胸の奥に刻まれてしまう。その刺青の絵は土地にも描かれているようで、忘れてしまいたい恥ずかしいこと悔しいことをたくさん残してきた私は、生まれ育った土地に敢えて足が向かないのかもしれない。でも、子どもであればそんなことをしでかすのが当たり前のことだから、地域の中でずっと生きていれば消化されてしまうのだろう。御柱を引く人たちの中にも、きっとそんな過去の喜怒哀楽が刻まれているはずだ。切っても切れない地縁と血縁。地元で生き続けるということは、その呪縛とうまく折り合いをつけるということでもある。それに比べれば、私が折り合いをつけようとした移住者と地元の関係などずいぶん小さなことではないか。そう思いながら木落しの映像を見ると、御柱祭で年齢や立場を乗り越えてひとつの柱を曳く人たちの姿が、今までとは違ってまばゆく見えてくるのだった。
posted by cambio at 08:40| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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