2015年08月23日

週刊CAMBIO NO.1138

長い休みをありがとうございました 店先は秋に

IMG_0689.JPG長い休みでご不便をおかけしました。おかげさまで十分エネルギーを補充してまいりました。に丁稚奉公のような店の仕事ですから、次の休みは正月。これで大晦日まで突っ走ることができそうです。ありがとうございました。
さて、お盆を過ぎたらそこは秋。今年も暑さの峠を越えて、どことなく秋の気配が漂ってきました。コオロギは賑やかになったし、トンボも山から下りてきたし、そして八百屋の店先にはさつま芋に続いて里芋も並んだし。今週末からは待望の梨とりんごも入荷。気温が下がるごとに果物の色づきが増し、夏野菜の生りが落ちていきます。やってくる秋は待ち遠しく、行ってしまう夏は惜しく、夏の終わりは店先もちょっとフクザツに感傷的。

ローズウォーターはイランでなくてはだめなんです!
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アルガンオイルとローズウォーターの発売元、宮尾商事(株)の宮尾文三さんです。長野市生まれで、大手商社の駐在員としてイランで商売をしてきた宮尾さん。その人脈を生かして輸入しているアルガンオイルとローズウォーター。それだけに現地のリアルな話は聞いていて面白い。Amazonでの販売がアメリカのイラン制裁に巻き込まれて中断してしまうという、謂れのないトラブルにもめげないのは、イスラムの国と様々な交渉をして仕事をしてきた経験が生きているのでしょう。「何があってもイランのローズウォーターじゃなくちゃダメなんです!」
暑い夏に肌のうるおいを保つのにオススメは、手のひらに広げたアルガンオイルにローズウォーターを吹きかけ、両手で混ぜて作る乳液。水と油を一つの瓶に収めるにはどうしても乳化剤が必要。手のひらで作ってしまえば素材だけの香りが良い乳液が作れます。
秋にはワイルドツリーのミツロウを使ったローズのクリームを発売予定。高価なイランのダマスクローズの香りを生かしたクリームに、どうぞご期待ください。

きんぴら工房 自家栽培麦の自家製麦茶
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そうか、そこまでやるか、という人がどこにもいるものですが、「きんぴら工房」のこの人たちもその一人というか親子だから二人。自分で育てた麦を、この暑い最中に鉄鍋で汗だくになりながら焙じて、麦茶に仕立てちゃった。煎りたてで飲んで欲しいから少量ずつ焙煎して、期限が切れたら未開封のものに限って回収するというおまけつき。陽気も暑いけど、なかなか気持ちもアツいね。
水にティーバッグを入れておくだけ、というカンタンが一番という方が多い中で、CAMBIOには手間がかかっても美味しいものをお求めの方がおいでになります。そんな方にはこれを是非お試しいただきたく存じます。そして、もしご不満がありましたら遠慮なくお申し付けください。製造者に伝えますので。150g 400円
   
研ぎ玄のコラム 切れてこそ NO.334  キレイでこそ (13-1)
 看板には「研磨」の字を入れているけれど、一般的には研磨は「面」を滑らかにする行為を指す場合が多い。「刃物研ぎ」も面を作る作業なのだけれど、実際には面と面がぶつかってできる「稜線(刃先)」を作るのが目的だから、研いだ面が必ずしも「キレイ」とは限らない。とは言え、刃先が均一に仕上がっている目安になるから、仕上がった「面」は重要なチェックポイントになる。ただし、店先に並べられた刃物の面は「見た目」重視だから、切れ味とは無縁な場合が多く注意が必要だ。
 包丁を研ぎ上げると「キレイになった」という感想を述べる方が多い。厳密に言えば、付着している汚れが抵抗となる可能性はあるかもしれないけれど、多くの場合ついでに汚れも落としているだけのことなのに・・・。だ。本来、使い終わった包丁を毎回キレイに洗っていれば、改めて研ぎのついでに掃除する必要など無い筈だ。寧ろ、あまり清潔とは言えない「研ぎ場」でいじくりまわされた挙句、殺菌もされていない布で拭かれた包丁は「キレイに洗ってから使う」のが正しい使い方だと思う。まあ、そのまま使って体調を崩すようでは日常生活が送れないけれど、雑菌が繁殖し易い調理器具を甘く見てはいけない。焼肉で取り箸を使用しなかったばかりに「食中毒」なんて事はざらにあるのだから。また「汚れ」とは言えないかもしれないけれど、研ぎたての包丁には独特の鉄臭さ(特に錆び易いものには)がある。毎日包丁を研ぐ和食の店では、これを嫌って先ず大根を切ったりして臭みを消していたりするくらい「臭い」には神経質になっている。折角の料理に「異臭」を付けない為にも調理器具や器は丹念に洗い、臭いで確認する習慣を付けたいものだ。

CAMBIO店主のコラム 雑言 NO.1138
とうとう今年の夏もてっぺんまで登りきり、お盆から先は陽気も食べものも秋の気配を濃くしていく。すでに日差しは傾き始め、日の出は遅く日の入りは早くなってきた。涼しくなって赤とんぼが山から下りてくると、少し斜めから目を射る日差しに赤とんぼの羽が輝き、陽気よりひと足早く目に秋をもたらす。今年もあと4か月余り。季節は一気に正月に向かって駆け下ってゆく◆今年も秋には古本市を開催するために、この暑いさなかに打ち合わせを重ねている。第6回になる岡谷まち歩き古本市+古道具市の日程は10月27日(火)から11月3日(火)の8日間。八重桜の並木が紅葉に染まる秋は、古本に加えてセピア色の古道具を半分の会場に展示して、かつてのアナログな生活を振り返るイベントにする予定◆今回も最初の打ち合わせの前に事務局の3人が集まって、アバウトな骨格と進め方を実行委員会にどう提案するか協議した。実行委員会を束ねる事務局を担うのはおじさん3人。書店の社長と古本屋の旦那、八百屋のおっさんという構成。最初に「やるか!」と動き出した3人が、役割を分担しつつ企画を進め、イベント全体の責任を負う。今回は3回目となる古道具市を、これから先どう位置付けていくのか見据えて開催することが課題となっていた。古本屋と書店が存在するだけに、古本についての先行きはだいたい見通すことができるが、古道具に関しての今後はまだ未知数。ひと口に古道具といっても、そのカテゴライズは自分たちの中にも世の中にも確たるものは存在しない。古道具、骨董、古美術品の敷居はあってないようなもの。古いモノであれば何だって古道具といえないことはない。電話帳で、健康食品のカテゴリーに自然食品もオーガニックショップも一緒くたに入れられるのとよく似ている。そんな中で、この古道具市での古道具とはどんなものを古道具とするのか。これから続けていくうえで、どんな提案をしようというのか◆話し合った結果、われらが古道具とは「暮らしに役立ってきた道具」ではないか、ということになった。かつては家の中で役立ってきたものの、生活様式が変わったことで本来の目的は失われてしまったが、その素材感や存在感が今も失われていないもの。今も同じ用途の道具は家に存在し、安価でカラフルなものならいくらでも手に入るが、道具を作る人の仕事ぶりが窺えるもの。今は機械がお任せで作ってくれるものを、エネルギーを使わずに人間の手で作るためのもの、などなど。かつての暮らしに役立っていたものの、技術の進歩や家電の進化でいったん役目を退いて物置や納戸に眠っているもの・・・というイメージ◆そして、ひとつのテーマとしてくくるために「昭和の暮らし」という言葉を冠することにした。ただし、その言葉には戦後の昭和に生まれて経済発展を謳歌した世代が、強烈なノスタルジーとして反応するのではないか、という危惧があった。その世代の人たちが集まって、みんなで盛り上がって会場で昭和のフォークソングでも歌い始めたら、それはこの古道具市の意図とはちょっと違う。古道具を集める意図は、そんな道具を知らない世代に向けての提案であって、自分たちを含めた昭和育ちの人たちのノスタルジーを掻き立てることではない。そこをどう表現して意図を伝えたらいいのだろう。でも一番問題なのは、そう言っている自分たちが昭和に対するノスタルジーに色濃く染まっていることなのではないか、と気が付き始めている。これを拭い去ることが、一番難しいのかもしれない。いったい自分は何を言いたいのだろう、何をやっているのだろう、と分からなくなってきてしまったぞ。
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