2016年05月15日

週刊CAMBIO NO.1174

八ヶ岳のアカシア蜜と百花蜜 
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八ヶ岳の麓、原村の森の中で蜂を飼う石倉さん。ただいまりんごの花の交配で、蜂をあちこちに貸し出して忙しい毎日。蜜蜂には採蜜と交配と、ふた通りの仕事があるんです。もう少ししてアカシアの花が咲くと、今度は採蜜のために蜂を移動させて蜜を採る。蜜がぎっしり詰まった蜂箱は30s近くにもなるので、結構な重労働なのです。
今回の蜂蜜は2種類。もうすぐ山の縁や川べりで、白い花と甘い香りを放つアカシアの花から蜂たちが集めてきた、八ヶ岳のアカシア蜜(160g 850円)と、そのあとで様々な花が咲き乱れる季節に採蜜した八ヶ岳の百花蜜(600g 3000円)。つんとした独特の香りのアカシア、クセがなくて使いやすい百花。どちらも八ヶ岳山麓産です。


ブラジル産最高級グレードのプロポリス 8500円
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昨年の11月のこと、蜂蜜の在庫がなくなったので原村の石倉さんに電話をすると、寝起きの声で電話に出てきました。なんとその時、彼はこのプロポリスの製造元を訪ねてブラジルにいたのです。世界で最高級のプロポリスと言われるブラジル・ミナスジェライス州産のグリーンプロポリスを求めて、自らブラジルまで足を運んでいたのですね。そのプロポリスがCAMBIOの店頭にも並びました。プロポリスのパイオニア的存在、ブラジル寺尾養蜂場の製品です。
プロポリスは蜂が自らの巣を守るために、植物の成分から集めたヤニのようなもの。天然の抗生物質と言われ、自己免疫力を高めてくれます。健康食品としてたくさん商品化されていますが、石倉さんがブラジルから直輸入するこの純正グリーンプロポリス原液・「恵の蜂」は、ブラジル農務省公認商品なので、品質は保証付き。グレードの中でも最高のSランク。30ml入りひと瓶という量は、1日スポイト半分使って約一か月分の量。この内容でこの価格は非常に安価だといえます。
水で薄めて飲んでみると、うっ!キョーレツ!! 独特の芳香はわずかスポイト半分で店の中に数日間漂い続け、その存在感を示し続けたのでした。やっぱりこれはタダモノではないぞ。
原産地名:ブラジル ミナスジェライス州南部カルモ地域
原材料名:天然プロポリス原塊ブラジルミナスジェライス州産
熟成期間:10年  原料等級:Sランク  BRIX(濃度):48% 
W/V(乾燥エキス濃度)28% 内容量:30ml 賞味期限:3年 
価格:8500円(税別)

フリーペーパー博覧会延長戦が店内で開幕
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フリーペーパー博覧会延長戦が、店内数カ所で開幕しました。どうぞ手にとって気に入ったものをお持ちください。古本市の企画として開催したフリペ博は、今回も全国からたくさんのフリペが集まり大好評でした。会期を終わって残ったものを、CAMBIOに集めてこれからしばらく延長戦を行います。せっかく提供していただいたものですから、最後の1部まで残らずに読んでくださる方に手渡したいのです。地域系、アート系、読み物系などいろいろ。フリペの世界では一目置かれる「雲のうえ」、封筒に入っている「飛騨」など人気のフリペもたくさん。ゆっくり選んで下さい。

ハーブ苗と野菜苗で店先が埋め尽くされました
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連休が終わって、季節は春から初夏へ。霜の心配もなくなって、そろそろ苗ものを路地に放してあげる時期ですね。どこからかカッコウの声も聞こえてきますよ。
蓼科ハーバルノートから、ハーブ苗がやってきました。おなじみの品種に加え、今回はあまり名前を聞いたことがないレアものを連れてきました。いずれも宿根ですから、お庭の一角に場所を作ってあげてください。きっといろいろなお役に立つ日があるかと思います。1本389円
トマトやピーマンなど野菜苗は、飯田市吉沢さんより入荷しました。プロの有機農家が自分の畑用に手塩にかけて育てたしっかり苗です。野菜畑にはこちらもお楽しみに。1本100円


研ぎ玄のコラム 切れてこそ NO.370 「キレイ」でこそ (16−10)
 何故か我が国の道路は、歩道よりも車道が滑らかに作られている。その車道も自転車が通るべき左端は荒れ放題だったりするから、交通弱者は結果として鍛え上げられる。本来ならば「サスペンション」をそなえている自動車用通行帯が荒れていても良さそうなものだけれど、そうはなっていないから、自動車ばかり乗っていたのでは増々、生物界で弱者になり果ててしまう。「楽な生活も節度をもって」ということになるかもしれない。まあ、どんな社会でも「社会的弱者」に分類される人たちが存在するけれど、見方を変えれば「強者・弱者」が反転してしまうことだってある。ということを「弱者」は知っているけれど「強者」には「理解不能」と言うだけのことだ。
 私には「乳母車」に乗せられたこともなく、長じて「車いす」での移動も経験がないので「バリアフリー」の恩恵にあずかった事が無い。最近では家の中の段差は、寧ろあった方が「足腰の衰えを招かない」として、積極的にバリアフリー化を避ける動きもあるけれど「公共の場所」や移動が困難な人が生活するスペースでは必要な処置かもしれない。でも考えてみれば、車が出入りする縁石は必ずスロープがつけられているのだから「道路は自動車が移動する為」という意識が強いのだろう。でなければ
「自転車歩道通行可」なんてばかげた発想は生まれる筈がないし、歩道に段差を設けたりはしなかっただろう。少なくなったとはいえ、年間数千人を向こう側へ送り込み、車いすや寝たきり生活者を増やし続けている「物体」の本質から目を背けていてはいけない。「いやいやだけれど、自動車が無くては生活が成り立たない」という生活自体が、異常な行為であることに気がつけば、車に頼る生活から抜け出せる。かも。

CAMBIO店主のコラム 雑言 NO.1174
御柱祭のおかげで、今年は5月連休に2日も休みをとることができた。そのうちの1日はスッカラカンになった店の商品を補充するために東京の出荷センターまで仕入れに行き、車に積みきれないほどの荷を積んできた。ちょうどその日に、大学生の娘が地元同級生とのBBQがあって1日だけ帰郷することになっていたので、途中で拾って乗せてきた。翌日にBBQが終わると、すぐに連休最終日の大渋滞で遅延が必至のバスに乗って帰る、というあわただしいスケジュール。こんな無理をしてでも遊ぼうとする性格は、まったく誰に似たのだろう◆車にてんこ盛りの荷を一人で黙々とさばいていると、座席の下に娘のものと思われる水の入ったボトルが落ちていた。あとでカミさんに見せると「出先で水を買うお金がもったいないから、最近はこうやって持ち歩いてるのよ」と言う。末っ子のせいか父親に似たせいか、何ごとにも見通しが甘い娘が毎日飲み水を自分で持ち歩くようになったことに、「ビンボーは身を助くだな」と、少し感動した。水だってお茶だって買えば1本120円はする。1か月で20本買えば2400円。アパートの家賃とぎりぎりの生活費しか渡していないので、1年暮らしてみて少しは節約が身に付いたのだろう。バイト代は服と遊びに消えているようだし◆我が家の子どもたちは、よせばいいものを4人とも大学に進学した。ひとりだけ学費が安い国立に行ってくれたが、3人は私立だったのでその学費と生活費だけでも大変な出費になった。同居させてもらえる親族の家がある関西に行った長女は比較的楽だったが、東京の私立に行った長男と次女は毎月の仕送りが厳しい家計をなおさら厳しくさせ、今も次女がぶら下がっている。4人とも生まれたときからかけ続けてきた学資保険や、亡父が孫のために作っておいてくれた学資があったが、賄えたのは入学金や1,2年目の学費までだった。3,4年の学費についてはそれぞれの名義で奨学金を借りてもらうしかない。毎月の家賃と生活費は、店がつぶれないことを前提に捻出するという空手形を切った。悠長に4年で卒業しなかったヤツもいたが、5年目の学費と生活費は学生で契約社員という2足の草鞋を履いて乗り切ってもらった。二十歳を過ぎてからの不始末は、自分でカタをつけてもらうしかないのだから◆最近はその奨学金に対しての風当たりが強い。日本の奨学金には返さなくてもよい給付型と、利息を付けて返さなくてはならない貸与型がある。給付型を受けようとするには特段の実績や抜群の成績がなくては受けられないが、貸与型は保証人にある程度の経済力があればほぼ借りることができる。風当たりが強いのはこの貸与型にも奨学金という名がついているからで、外国で言うところのスカラシップと混同してしまうからだろう。卒業とともに奨学金の返済が始まり、借りる金額によってはかなりの年数に渡って給料から自動的に引き落とされることになる。中には卒業時に800万円を超す残高を抱えてスタートし、3万5千円ずつ20年に渡って返済するという例もあるそうだ。それをもって批判の種にするのはゴシップネタと同じようなもので、そもそも借りるときには返済の予定を考えてから借りるものなのだから、どんな金額になっても二十歳を過ぎていれば自己責任なのだ。逆に借りられなかったら進学できなかったのだとすれば、自分で後払いすることで進学できるシステムとして存在意義はあるのではないか。批判の中には自国の学生に有償で貸与しておきながら、東アジアの隣国からの留学生に無償で給付をするのは逆差別ではないか、というヘイトスピーチと同じ論理を振り回す人もいて、批判の本意がどこにあるのかも疑わしい◆貸与型奨学金のほかにも親の名義であれば国民金融公庫や銀行の学資ローンがあるが、社会人として終盤を迎える親が払うべきか、これから社会に出ようとする学生本人が払うべきなのか。親子のどちらが負担するかはそれぞれの考え方次第のような気がする。我が家は大学に行きたければ自分である程度の負担を覚悟して行け、というスタンス。何でも至れり尽くせりで世話を焼くのが親の仕事と考えている人も多いようだが、それが世の中で甘ちゃんを生み出している大きな原因であるとも思うので、子どもは積極的にビンボーにさらし、勉強したければ自分で学費も負担せよ、と突き放すことにしている。いえいえ、後付けの理由じゃないですよ。誰ですか、自分の甲斐性なしを子どもたちに負わせているなんて言っているのは。
posted by cambio at 09:11| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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