2016年02月28日

週刊CAMBIO NO.1164

ポラーノ即席ラーメン コシがあってスープも美味しい
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ただいまお付き合いのある流通ルートには、総じて10系統以上のインスタントラーメンがありますが、CAMBIOでは絞りに絞って3系統を扱っています。そのうち、一番おススメしているのがこのポラーノ即席ラーメンのシリーズ。ラーメンの美味しさの要素はいろいろありますが、突き詰めると麺の美味しさとスープの味しかありません。はっきり言って有機だのマクロビだのベジタリアンだのは邪道。コシがあって小麦の香りがする麺と、コクがあって天然の出汁が効いた美味しいスープであることが一番なんですっ! チカラ入っちゃいました。

このポラーノのシリーズのウリは麺が美味しいこと。モンゴル製の天然かんすいを使った麺を冷温乾燥しているので、とにかくコシが強い。油揚げ麺のような独特のにおいがなく、小麦の香りがするんですね。インスタントラーメンでは珍しいことですよ。さらにスープはどのタイプも味付けがすっきりしている。やたらコテコテ系のラーメンが多い中で、このすっきり感は独特。少しスパイシーなところがアクセントで、思わずスープも残さず飲んじゃいます。辛さに弱い人は最後に攻めてくる胡椒の粒をスルーしてください。
すっきり醤油味、ぴり辛みそ味、海鮮塩味、すっきり豚骨の4種類。1食140円とお求め易い価格もおススメの理由。5食入りなら680円。インスタントラーメンとともに育ってきた世代のラーメン好き店主が書いた、思わずチカラが入ってしまう即席ラーメンのおススメでありました。

カラカラコロコロどんぐり形の木の鈴 優しい音色
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どんぐりの形をした木の鈴。ころころと優しい音色がします。木のオカリナ教室を主宰している阿部田美恵子さんからお預かりして、CAMBIOに並びました。さっそく目ざとい方が気に入って、すでに幾つも旅立ちました。店主も秋の山を歩いていて、コナラやミズナラの木の下に来ると、必ずどんぐりを探します。ポケットに詰め込んで帰ってきてレジの周りに転がしておくと、お母さんと一緒に買い物に来たおチビさんたちが「あ〜どんぐりだぁ」と喜ぶので、オマケにあげちゃう。大人の中に残っている子どもの部分は、きっとこんなどんぐりの形をしているはず。
バッグに付けたり、ドアに付けたり、山歩きの熊除けにも良いかも。柔らかな木の音は耳に優しいので聞き続けてもストレスになりにくいでしょう。ストラップの種類によって価格が違います。チロリアンテープが1600円。本革が1800円。

山間の村から生まれる信級玄米珈琲
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玄米珈琲で一躍関心を持ってしまった信級を訪ねてきました。行きたくなったらもう止まらないのです。今は長野市になった信州新町の山間の村。国道19号から5qほど北に向かい、去年の豪雨で崩れた痕があるつづら折れを登った上に広がる集落。かつては麻の出荷で賑わい1000人を超える人が住んでいた集落も、今や100人余りに減り、子どもの数は数えるほどに。
その信級にある築80年あまりの古民家に住み、美味しい玄米珈琲を作っている植野翔さん。信級に住み始めて7年。自分が作らなければ耕作放棄地になるだけの田んぼで稲を育て、周りの山で間伐した木を炭に焼き、その炭焼き窯の余熱で自分が育てた玄米を焙じる。原料からエネルギーまですべて信級で完結させた玄米珈琲なのです。
お会いするまでは山暮らしを志向する自給自足系の人を想像していましたが、実際は街の香りとセンスをまとった人でした。改装が施された古民家も、大工さんだけの仕事ではないなと感じさせるところがありました。それもそのはず、建築を学んでいたそうで、木や山村とのかかわりはそんな経験から生まれてきたのかもしれません。来週は、炭焼き窯と玄米珈琲の関係について。

カリッとした野のものクラッカー クラウドファンディングも
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伊那の長谷という山の中の道の駅で、雑穀レストランを営業している「野のもの」の吉田洋介さん。写真はシコクビエを使った「野のものクラッカー」700円。ほのかに香ってくるシコクビエと小麦の香り。見た目は地味だけど、結構クセになる美味しさ。シコクビエは注目を浴びつつあって、注文に生産が追い付かない状態。その生産を機械化して生産量を増やすために、ただいまクラウドファンディングを立ち上げて資金を募集中。なかなか魅力的なリターンが用意されていますよ。https://readyfor.jp/projects/6986

研ぎ玄のコラム 切れてこそ NO.360 「キレイ」でこそ (15−8)
 「自然」とは「人間が何も手を加えていないこと」を指すのだろうけれど、どうもその辺が曖昧で人間が手をかけて(手出しをして)育てたものが、あたかも自然そのものであるかのようなイメージが造られつつあるように思う。人間が興味本位で足を踏み入れたり、勝手な都合で捻じ曲げた自然は、もう本来のものではなくて「人工的な自然」になってしまう。要するに、もう人間は自然の一部とは言えない生き物(そのくせ、自然の介助なしには生きられない)に成り下がってしまった。だからこそ、際限なく自然の領域を犯すような行為は慎むべきだと考えている。実際に手を下さなくても空気や水を介して自然に影響を与えてしまうのだから、人類が存続可能な環境を残したいのならば、踏み入ってはいけない領域というものがある。とは言っても、自然は人類が居ようが居まいが自然で有り続けるのだから、あちらからすればどうでも良いことなのかもしれない。経済的な側面でしか語られない「人口問題」を地球環境全体の中で考えなくては捻じ曲げた自然に、しっぺ返しをされる。かも。
 最近「森林化」という聞きなれない言葉に出会った。単純に「砂漠化」より人類の役にたちそうに思ったけれど、そうでもないらしい。詳しい事はわからないけれど、長い時間をかけて農地が耕作放棄され森林が増えているそうだ。勿論、農地が荒れ放題だから「里山」だって同様の運命を辿っている。長い時間をかけて自然の一部を拝借し、キレイな人工の自然を守ってきた先人達のように「樹」と対話ができる人にだけ「薪を使う特権」が与えられるような世の中が来れば良いと、常々考えているけれど「経済至上主義」の世の中ではお金を使える人にその権利が与えられるらしい。

CAMBIO店主のコラム 雑言 NO.1164
田舎暮らしの移住先として長野県の人気は高い。いくつかのランキングでは常にトップ3に入り、そのうちの一つでは9年連続でトップだった。東北信には新幹線が走り、東京から2時間以内の範囲だし、諏訪と松本は車でもJRでも3時間以内。山が多くてスキー場や観光地にも恵まれているから、移住先として選ばれる要素に事欠かないのだろう◆私自身も山のそばで暮らし、野菜の生産地に近い街で店を開きたいと思って、24年前に移住してきた。縁もゆかりもない街に突然のように店を開き、全員が何かしらの地縁か血縁のある人しか住んでいなかった地域に、いきなり家を建てて住んでしまった。ところが、ちょっと変わった内容の店だっただけに、なぜこの街に来たのかと毎日のようにお客さんから問われた。家の周辺では畑から南瓜が数個無くなったというだけで、駐在さんが家まで事情を聞きに来た。畑の持ち主が「あの家の車とよく似た車が畑の前に止まっていた。ワケのわからない店で野菜を売っているそうだから、あそこの仕業に違いない」とタレこんだそうだ。そんな話はよくあると聞いてはいたものの、現実に起きたときは怒髪天を衝くような形相になった自覚があった◆そんな地域にも四半世紀近く暮らしていると、それなりに縁というものが生まれてきた。厄年には地域内の同じ年の人たちと一緒に厄投げをしたり、ソフトボールのチームに加わって一緒に飲み歩いたりして、地域の中に少しずつ溶け込んでいった。同じ年に高校を卒業して進学しているので、同時期に東京に街に暮らしていた人も少なくない。年長の人も転勤で都内に住んでいたときのことなどを接点に、いろいろと親しくさせてもらってきた。その後、地域の中には他の町から家を新築して住む人が増えたので、私のようなよそ者は珍しくもなくなった。そして、地域の中の重要な役を私たちの年代が担う時期が近づいてきた。それは大変な役ではあるけれど、四半世紀住んだ者としてきちんと務めようと思う◆私が住む地域は800年余りの歴史がある村で、それなりの苦難を乗り越えて今に至っている。周辺都市に勤めに通える地の利があったので、過疎地域ではなく今も住民が増えている。それでも核になっている関係は農村のままで、地域を保つために住民は一致団結することが求められる。いくつになっても子供の時からの関係が抜けきらず、それをお互いに許し合うことで地域の和が保たれる。言葉には出さないものの、暗黙の力関係や忖度を働かせる関係が基盤にある。それを口語にしてみたのが「いいじゃねえかよ」なのだ◆地域や地縁とは関係性を求められない東京で育ってきた私は、地域という逃げ場のない関係の中ではなるべく「いいじゃねえかよ」に身を任せることにしてきた。というより、そうしなければ対立するだけだから、快いことばかりではなくても身を任せざるを得なかった。他の町では東京と同じ論理で拒否する人もいるらしいが、古い村の中で孤立を選択できるほど私は意志が強くない。だから、やがてやって来る役をこなすためにもうまく折り合いをつけながら地域とかかわっているところに、薪の配達人にその一線を勝手に乗り越えられたようで不快を感じたのだ◆移住者が地域に溶け込めず移住に失敗したケースには、プライバシーが保てなかったことを挙げる人が多い。それはプライバシーというものの感覚が、移住者と地元民では全く違うことに端を発する。それぞれがプライバシーの最小単位として、お互いをなるべく干渉せずに暮らしてきた都会からの移住者と、風水害から自らの地域を共同で守り、田んぼの水引きや道づくりなどに力を合わせて暮らしてきた人たちとは、個人という存在に対しての概念自体が違うのだろう。極端に言えば、移住者が暮らしてきた都会では個人あっての地域だと考えられている一方で、地方の農村部では地域あっての個人だと考えられている。その従属関係の逆転を認識しているかどうかは、最終的に地域の中で暮らし続けていけるかどうかの大きな問題になっていくのだ◆中山間地にある過疎化が進んだ地域では、他所からの移住者を積極的に受け入れるようになってきた。限界集落という言葉が表すように、移住者を受け入れなくては地域の存在自体が限界に達しているところが少なくない。そんな危機に面している地域では移住者は歓迎される。一方で、地域自体が十分に人口を保ちつつ過去からの遺産が十分に機能している地域では、移住者が地域に溶け込むのはいまだに容易ではないのだ。
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2016年02月21日

週刊CAMBIO NO.1163

「あずかぼ」のクッキー アイテムが大幅に増えました
塩尻でお菓子工房「あずかぼ」をスタートさせて3年目の山浦祐貴さん。クッキー6種がCAMBIOに並んでいましたが、この2月からアイテムを大幅に増やしました。助走期間から本格的にお菓子工房へテイクオフ。
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生産者がわかる材料を使って、オーブンでしっかり焼き上げたお菓子たち。少しトーストするとこんがりとして美味しい「ブランチスコーン」3種類130円。オーツをベースにナッツやドライフルーツをふんだんに使った「グラノーラクッキー」3種類180円。4種のナッツをキャラメリゼした「フロランタン」は2個入りで390円。定番だったクッキー6種は230円から200円に値下がりしました。
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原材料を見るとすべてマクロビオティック仕様です。それもそのはず、この祐貴さんはマクロビのインストラクター資格を持っているんですね。お菓子作りから始めて、次の展開もきっと考えているんでしょう。まだ20代ですから、これからいろいろできるはず。ぜひクッキーを食べて応援してください。
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御柱祭を知るならビジュアルなこの1冊 suwazine
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上社の御柱も曳行地区が決まって、いよいよ諏訪は御柱に染まります。かつて古代地中海沿岸では、すべての道はローマに通ずと言われたように、これから5月までの諏訪湖沿岸では、すべての予定は御柱ありき。
その御柱祭を特集したzineが発売され、話題になってます。その名もSUWAzine。諏訪をこよなく愛する「スワニミズム」のメンバーが編集、真澄でおなじみの「宮坂醸造」が発行するzineが、CAMBIOにもやってきました。一部300円(税込〕
御柱に命をかける諏訪人はもちろん、御柱を初めて迎える渡来人にも楽しめる御柱ガイドブック。諏訪以外の御柱や、あんなところこんなところあちこちにあるいろんな御柱をまとめた「御柱ダイバーシティ」も面白い。

河崎さんの地粉うどんとポップコーン 再入荷しました
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昨年秋に実ったポップコーン用のトウモロコシが、ようやくやってまいりました。乾燥はとっくに終わっていたはずなのですが、写真のおじさんが、ポップコーンをばらして袋詰めにするのを冬場の仕事と決めていたので、なかなか出てこなかったわけです。

「早く持って来い!」と八百屋がやいのやいの言うので、仕方なくとりあえず20袋だけ出してくれました。量的にはたくさんあるので、そのうち山積みになります。名前の通りによく爆ぜます。子供たちと作るととってもワンダー。安くてたくさん食べられるおやつ。350円。
しばらく欠品だった地粉うどんも入荷しました。昨年は麦が不作だったため、今期は今回製造分170袋で終了。次は今年度産の麦を使って秋の製造です。常食になさっている方はお早めに確保くださいませ。今回から少しだけ価格を変更させていただきました。250g 320円。

3月のワークショップ ジビエ講座のご案内
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3月のワークショップのご案内です。すでにお知らせしましたように、3月はジビエ。鹿肉と小麦粉、野菜というすべての材料をを県内産食材で、伊那名物「ローメン」を作ろうという講座。
全国各県の郷土食を月替わりで提供する渋谷ヒカリエのd47食堂では、今週から長野定食としてこのざんざ亭プロデュース「鹿ローメン定食」が供されて人気を博してます。煌びやかな渋谷の街を見下ろしながら「鹿ローメン」を食べて、伊那の山里に思いをはせる人がたくさんいる・・・ってすごいことです。伊那産の小麦粉「ハナマンテン」で麺を打ち、鹿の骨でスープをとり、鹿肉と地元産野菜でローメンに仕上げる、地域にこだわった食の講座。メール、メッセンジャーでも参加のお申込みを承ります。ぜひお出かけください。


研ぎ玄のコラム 切れてこそ NO.359 「キレイ」でこそ (15−7)
 薪ストーブやかまどで乾燥不十分な木材を燃やすと燃焼効率が悪く、煙も多く出てしまう。なので、薪は良く乾燥したものを使うのが基本だけれど、世間では「木材の乾燥」が「米の乾燥」や「干物」と同じだと思われているらしい。まあ「乾燥」という言葉が使われているからには「水分量」を減らす行為には違いないけれど、木材の乾燥は一般的な食物の乾燥とは違い、内部の水に溶け込んでいる「栄養分(食物ならば旨味)」を取り除く行為を指す。食物の乾燥が、旨味を逃がさない様に水分のみを蒸発させて凝縮(又は変化)させたり、腐敗を防ぐ行為とは大きな違いがあるのだ。
 汗がしみ込んだ下着は乾き難い。特にじわじわと出る「悪い汗」と呼ばれるミネラル分が多い物は特に乾き難いけれど、スポーツでかいた大量の「良い汗」は比較的すぐに乾き、洗濯で残った水分は更に乾きやすい。ということで、木材も水中に暫くつけて水溶性成分を減らした木材は乾燥し易い。なので、木曾の山から切り出された材木は木曽川を下る中でアクが抜かれ乾燥し易い木材になり、木場には貯木場というプールに丸太を浮かべている。ということは、薪だって水に漬けてから空気中に放置すればより乾燥状態が良好になるけれど、そんな事は誰もしていないから薪ストーブからの排煙は嫌われ者のままでいる。運よくご近所からクレームがなくても安心してはいけない。子供の声すら「うるさい」感じる人と「かわいい」と感じる人がいるのだから「煙が嫌い」という人は更に多い筈。たき火ならば風上に立っていれば直に煙の被害をこうむることもないけれど、家は煙突の風上側に移動はできないのだから・・・。薪ストーブを使う限りは「キレイな排気」を心がけてもらいたいものだ。

CAMBIO店主のコラム 雑言 NO.1163
信州の里山で、赤松はもっともポピュラーな樹種だ。八ヶ岳に向かって坂を上っていけば右も左も赤松の林。伊那谷でも少し街を外れて山に入ると赤松が林立している。幹が赤くてほとんど枝がなく、てっぺんのあたりに少しだけ樹冠のように葉がついている。そんな姿の赤松ばかりを見ていたので、伊那で赤松の間伐材を製品化するKEESプロジェクトのNさんに話を聞くまでは、赤松とはそんな樹なのだと思っていた。Nさんによれば、そんなヒョロヒョロの赤松は過度の密植状態で、間伐をしてやらなければやがて共倒れになるだけなのだという。ところが赤松は間伐をしても材として売れるものではないので、誰も手を付けない。そして山にはヒョロヒョロの赤松ばかりになってしまった。KEESはそんな赤松の材をブロックにして、大きなLEGOのようにいろいろなものを組み立てて使おうというプロジェクトなのだが、同じような趣旨で赤松を薪として使おうという会社があって、今年からその薪を宅配してもらうことにした。ところが予想外のことがあって・・・という先週の話のつづき◆最初にお断りしておくが、その会社の方針や薪の品質に問題があったわけではない。申し込んだ際の説明と実際に多少の行き違いがあったことと、線を引いておきたかった部分を勝手に乗り越えられたことに、予想外のおまけとして不快感があったのだ。でも、その内容をよく考えると結構深いことにつながるので、自分としてはけじめをつけておきたかった。そこで、敢えてクレームの電話を入れたが、あまり理解してもらえなかった。その経緯は・・・◆薪の宅配を申し込んでから数日して、その会社の配達人が家に来た。薪を積むためのラックを設置して赤松や落葉松の薪を満杯に置いていってくれた。ところが、申し込みの際に図を書いて指示した場所ではなく、犬小屋の並びにラックが置いてあった。その配達人対応したと娘が話し合って決めたらしいが、そこは庭のど真ん中でもあり、知らない人が薪を運んでくれば耳が遠い老犬は怖がるだろうし、何よりも家の中が丸見えになってしまうので好ましいとは思えなかった。娘から薪の配達人がこれからくるという電話があったという連絡を受けて、すぐにこちらから会社に電話をして私に直接連絡をくれるようにと伝えたのだが、連絡がないままにすべてが終わっていた。申し込んだ時の説明では、薪を定期的に見回って補充するということだったのだが、配達人は「薪がなくなったら電話をくれ」と言って帰ったという。さらに、私の仕事内容を娘から聞いて、明日ちょうど関係する集まりがあるので出て話をしてほしい、と娘に言ったという。その配達人は同じ町の隣の地域の人たちで、その人が地域を拠点として山仕事や村おこしをしていることは私も知っていた。翌日になって、その人から街の老人会で有機農業講座があるので出てほしいというメールが直接来たが、大家さんの通夜だったのでお断りした◆一部始終を書いてしまえば、それでクレームをつけるなんてなんとお前は神経質なヤツなんだ、と思われるかもしれない。でも、その一部始終の中に一貫して「いいじゃねえかよ」という暗黙があるようで不快だった。自分たちの庭のような地域の中で、誰もが知り合いのような地域の中で、「いいじゃねえかよ」ですべてが済んでしまうような世界に引き込まれたような気がしたのだ。他所から移り住んできた者として、なるべく地域に馴染むように努力をしてきたが、最近は越えられない一線というものを強く感じるようになってきた。そして越えられない部分は無理に同化するのではなく、うまく折り合いをつけて乗り越えようと思っていた矢先に、向こうからドカドカ乗り越えてきたような感覚があったのだ◆その会社に薪の宅配を頼むことにしたのは、会社として大きく薪を流通させているので、個人宅にモノを届けることがシステム化されていて、人間関係などを持ちこまれることはないだろうという期待があった。荷物の宅配は今や社会のインフラになっているから、家の敷地内に入るということはきちんと一線を引くことができると私は勝手に決めつけていた。そこが甘かった。クレームの電話をした後でこの薪を使い続けるかどうかしばらく考えたが、つまらない個人の内心よりも地域の資源をストーブで使うということの方が大きなテーマなので、続けて宅配をしてもらうことにした。でも、つまらないことではあるけれど、この越えられない一線は移住者と地元民に共通する問題として、今後顕在化してくると思う。もう少しほじくってみたい。というワケで、来週もこのつづきなのだ。
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2016年02月14日

週刊CAMBIO NO.1162

きさらぎセール10%OFF 13(土)・14(日)・15(月)
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というワケで、来週末の3日間は「きさらぎセール」でございます。お店の中の商品(お米や本器などを除いて)ほとんどが10%OFF。そうしょっちゅうやっていることではございませんので、大きなチャンスですよ。新しい商品もいろいろ出てきましたし。
日取りを決め、コピーを考えるときに頭に上ったのは2年前の大雪でした。あの時もちょうど日曜日に、伊那の「プチマルシェ」をお招きして2階で食事会の企画がありました。予報をじっくり見て早々と金曜にキャンセルしたのですが、大雪で文字通りにぶっ潰されましたから。
そこで今回は「寒サニマケズ、雪ニモマケズ」のセールです。どんな天気でもやるんだかんね。来てちょうだい!  

信州新町産 信級玄米珈琲 ほっこりいい香り
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相次いで地元の新商品をご紹介します。現在は長野市になった信州新町の山あいにある信級で、炭を焼いて暮らしている植野さんが、自分で育てた玄米を炭焼きの余熱で焙煎した玄米珈琲。ほっこりとした香りの玄米珈琲は、ほのかにお米の香りを残しつつ、その名の通りに珈琲のような深い香りがあります。珈琲カップで飲んでも不満はなく、お茶のように湯呑みで飲んでもまた美味しい。カラダを温めてくれる上にノンカフェインだから、誰でもいつでも飲める。

炭焼き窯の余熱という遠赤外線の中で焙煎するので、コクや香りが引き立つのでしょう。炭焼きの木を切ることで地域の山を保ち、そこから流れ出る水で米を育て、焼いた炭の一部を田んぼに戻して循環を図る。その一端で生まれてきたのがこの玄米珈琲。粒状の急須の浅煎りと、粉末のドリップの深煎りがあります。お茶のように飲むなら浅煎り、コーヒーのように飲むなら深煎り。深煎りはペーパーフィルターで淹れます。店頭に試飲を出しますので、まずは味わってみてください。
★急須の浅煎り 50g500円 120g1000円 
★ドリップの深煎り 40g500円 100g1000円


由美子と千恵 ふたりの器 新作になりました
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高橋由美子さんと小池千恵さんの器。相次いで新作がやってきました。エネルギーにあふれた由美子さんの作品と、繊細な色遣いと重ね生地の縞々が特徴の千恵さんの作品。作風は違うけれど、同じ場所に並んでいて違和感がないのは、どこか通底するものを持っているんでしょうね。
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陶芸って怖いなあと思うのは、作品に作り手が表れてしまうこと。人間ですからその時によっていろいろな「今」があって、決していつも同じではない。それを見せることを厭わないのが陶芸家という生き方なのでしょうが、今度のふたりの器は雰囲気がどこかどっしりとしていて、揺らぎを感じない。安定してます。

由美子さんはこのほど茅野市湖東にギャラリーをオープンしました。金継ぎ教室なども始まります。http://alices77.wix.com/takahashi 伊那市西町の古い事務所をリノベした千恵さんのスタジオには、多肉植物もいろいろ。向かいがチプカとプクチカ、並びにはカフェもある最近注目の通りです。http://haluhi.petit.cc/ お出かけください。

3月のワークショップ ジビエ講座のご案内
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3月のワークショップのご案内です。すでにお知らせしましたように、3月はジビエ。鹿肉と小麦粉、野菜というすべての材料をを県内産食材で、伊那名物「ローメン」を作ろうという講座。
全国各県の郷土食を月替わりで提供する渋谷ヒカリエのd47食堂では、今週から長野定食としてこのざんざ亭プロデュース「鹿ローメン定食」が供されて人気を博してます。煌びやかな渋谷の街を見下ろしながら「鹿ローメン」を食べて、伊那の山里に思いをはせる人がたくさんいる・・・ってすごいことです。
伊那産の小麦粉「ハナマンテン」で麺を打ち、鹿の骨でスープをとり、鹿肉と地元産野菜でローメンに仕上げる、地域にこだわった食の講座。メール、メッセンジャーでも参加のお申込みを承ります。ぜひお出かけください。


研ぎ玄のコラム 切れてこそ NO.358  「キレイ」でこそ (15−6)
 以前、カンビオ店頭に於いて「ドラム缶で焼くパンの実演」があった。当日は風向きにも恵まれて、店内に煙が充満するようなこともなく御近所からのクレームも無かったようなので、ほっとしたのを覚えている。と言うくらい「もくもく(感じ方には個人差があるけれど)」と煙が排出されていたのだった。最近は都会でも薪をくべる窯で「ピザ(というよりはピッツァと言った方が良いかも)」を焼く店が増えているけれど、排煙でクレーム騒ぎになったと言う話は聞かない。映像で確認する限り窯の中に煙が充満している様子もなく、燃焼の条件を整えて薪を燃やしているように見える。そう、通常は煙の量と燃焼効率は反比例するものだから、薪をキレイに燃やすのは各自の能力次第(器具の差を見分けるのも能力の内)という事になってしまう。「誰が燃やしても同じ」にはならないからこそ楽しいとも言えるのだけれど・・・。
 木工をしていた経験から「木の乾燥」には少しうるさい。あのドラム缶にくべられた薪も、もう少し乾燥が行き届いていれば煙の量も少なかった筈だけれど、それはそれ、パン屋さんの方針で「煙」を使う必要が有る筈だから過疎地で燃やす事に、意義を唱えるつもりはない。ただ、住宅地や商業地で大量の煙は吐かないで欲しいだけのことだ。あの日もドラム缶の前を足早に通り過ぎていた人(勿論、楽しむ人や無関心な人もいた)が目に付いたから、きっと快く思わない人だっていた筈だ。単純な道具や器具ほど使い手に依って「結果」に大きな差が出てしまうものだけれど、結果の検証(なぜ?)を放棄してしまえば、能力は向上しない。自然と付き合うのは良いけれど「自己の能力」を自然に見合ったものにしていく努力は欠かせないものなのです。

CAMBIO店主のコラム 雑言 NO.1162
私たちは今の家に住むようになってから22年間、ずっと薪ストーブを使ってきた。最初は伊那の技術専門校の溶接科で実習として作ってもらったストーブを使っていたが、あまりに簡素な作りだった上に煙突の構造がちゃちで火事になりかけた。そこで大枚をはたいて米国製の鋳物ストーブに買い替え、煙突もしっかりストーブ仕様に作り直してもらった。餅は餅屋じゃないけれど、そのころはストーブの周辺工事を、あまりストーブの経験がない大工に任せると危なかったのだ。今は施工例が増えたので大丈夫だろうけれど◆冬に薪ストーブで暖まるために、毎年秋になると薪の確保に余念がなかった。20年前には白州にあるサントリーの工場からウイスキーの樽が、コンテナ一杯2000円というメチャ安で手に入った。それがいつの間にか家具に化けるようになって手に入らなくなり、いろいろな伝手を頼ってあちこちから分けてもらってきた。アカシア、桜、白樺、楡、栗などの広葉樹が主で、いろいろ混ざっているので雑木といわれるものを中心に使ってきた。最近は娘の友達のお家から、素晴らしい楢の薪を格安でいただいてきたが、普段はお付き合いがないのにそんなときだけ「お願いします」というのが申し訳なくて、今年からはもうやめることにした。そして今年からどうするかを迷っていたところに、伊那で赤松の間伐材を利用してブロック状の製品を作って普及させる動きを知った◆薪にするには、木材の目が詰まっていて固くて重い木が良い。単位当たりの重量があるほど燃やした時の熱量も多いからだ。早く育って加工しやすい針葉樹よりも、ゆっくり育って固い広葉樹の方が薪として火が長持ちする。昔からオーク材と呼ばれ、家具に使われる楢はその最たるもので、薪の中でも最も高い値がつく。別荘地に瀟洒なログハウスを建ててカントリーライフを楽しむ方の中には、楢以外は薪じゃないと仰る方もいるそうだ。そんなお家の周囲や八ヶ岳山麓を覆い尽くしている赤松などは、せいぜい焚き付けに使う程度で、わざわざ薪としてお金を出して買うようなものではないと思われている。20年前から比べると飛躍的に薪ストーブを使う家の数は増えてきたいま、そんな薪の事情を知ると、今のように楢や広葉樹ばかりを燃やしていくと薪の需要で新たに木を切ることになりはしないか、という心配がアタマをよぎった。根拠があることではないけれど、今のブームが続くようだとそうなりかねない。そこでもう一つ、赤松の間伐材を利用する動きが伊那にあることを思いだした◆三峰川の橋のたもとに森林組合があって、そこで秋になると薪のアウトレットセールがある。そこで雑木の薪をオーダーで作ってもらったことがあったが、その隣に赤松ばかりを並べた薪の土場があった。試しに値段を尋ねると赤松の薪がパレット1杯6000円だったが、広葉樹の雑木に比べれば何もわざわざ買うほどのものだとは思えなかった。最近になって、なぜそこの会社が赤松を薪として流通させているかという理由を知って、興味を持った。家の近くの地区でも赤松の間伐材をその会社に売って、山林の維持をしているという。地域の山を維持するために赤松の間伐材を利用していくのなら、ストーブで使う薪の種類などにこだわるよりも、密植で間伐しなくてはならないのに経済的に成り立たないためにそれが進まない赤松を積極的に使った方がよいのではないか、と思えるようになってきた。ファッションのように薪ストーブを使うのではなく、薪を地域の循環資源だと考えれば、1本当たりの熱量だの火持ちよりも地元の赤松を薪として利用する方が、ずっと価値が高いように思えてきたのだ◆そこでその会社の薪を使ってみようかと調べてみたら、自宅に専用のラックを置いて、配達員が定期的に見回って使った分を補充していくというシステムだった。最近は仕事の量が増えつつある一方で、カラダは歳をとりつつあることを実感している。日常にさし触るような無理なことは、できるだけ避けるようにしていこうと思っているところでもあった。だから、そのシステムは結構ありがたいかも、と思って申し込んでみた。ところが思ってもいなかったおまけがついてくることになって、面食らっている。それも地域資源の一つといえないことはないのだけれど。
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2016年02月07日

週刊CAMBIO NO.1161

3月27日(日)のワークショップはジビエだぁ
2月の味噌仕込み会も満席となり、調子こいた店主は次の企画へと先走ってます。ずっと温めてきた企画が、今回は本当に実現しそうになってきましたぜ。伊那の鹿料理人はせやんこと長谷部晃さんが登場。この人のパワーをいつかCAMBIOでも炸裂させてみたいと思ってました。
3月のワークショップはジビエだぁ。
2月は第2週から、渋谷のヒカリエd47食堂で長野定食鹿ローメンを提供するはせやん。次の企画として「伊那谷地域食ローメンを長野県完全地産で作るワークショップ」に挑戦。麺作りを地元産の粉でイチからやって、鹿の骨で出汁とって鹿肉と冬の野菜でローメンを作ります。完全地産地域食を作って色々考える会です。誰もやったことのないことに挑戦するところが、この人の魅力。
予定は3月27日(日)13:00〜 会場はCAMBIO 2階PLAZA
そのほか細かいことは追ってお知らせします。
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蓮根の粉コーレン、咳が出る時の緩やかな民間療法
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風邪が流行ってますね。マスクをつけて咳をしながらお買い物に見える方も多くなりました。幸い、八百屋の店主は昔から風邪を引かないと言われる類ですので、レジの前で咳をされても全然平気です。実際に数年は風邪をひいてないし。
昔から咳が出るときには、レンコンをおろして葛湯で溶いて飲むと良い、と言われてきました。代々伝わる民間療法です。レンコンは特に節の部分が良いとも言われます。咳がピタリと止むわけではありませんが、ゆるゆるとじんわりと治まっていくことでしょう。
そのレンコン療法にすぐに使えるよう、節を含めたレンコンを粉にしたのがコーレン(50g 600円)。最近動きが早いですね。小さなお子さんのために買って行かれる方も多くなり、レンコン療法は結構周知されているようです。薬を飲んでピタリと咳が止めばうれしいけど、ちょっと怖いもんね。切った米飴にレンコンの粉や生姜の粉をまぶした蓮根生姜飴(100g 277円)も。

三年番茶とほうじ茶はみんなが飲めるお茶なんです
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レジでお伺いするお問い合わせの中で、昔から一番多いのがこの三年番茶とほうじ茶についての違いです。新芽を摘んで作る緑茶とは違い、三年番茶とは芽を吹いて三年経った葉や茎を使ったほうじ茶なんです。急須でお湯を注ぐだけでは出にくいので、土瓶で煮出して飲みます。食養生のためにカラダを温めるお茶として、長く飲み継がれてきました。梅干と生姜を三年番茶で解いて、醤油を少し垂らして飲む梅しょう番茶もよく知られていますね。
右の有機ほうじ茶は、新芽を使ったほうじ茶。お茶屋さんの店先で、いい香りを立てながら焙じられているあのお茶です。こちらは急須でよく出る上に飲みやすいので人気。三年番茶もほうじ茶も渋みや苦みがなくてカフェインも少ないので、赤ちゃんや妊婦さん、カフェインを避けている方にもお勧めできるお茶なのですよ。有機熟成三年番茶 120g480円 600g2150円 無双番茶 180g430円 450g900円 有機ほうじ茶 180g540円

八ヶ岳の向こう 佐久穂町のらくら農場の野菜スープ 
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縁あって、八ヶ岳の向こう側の農場とお付き合いが始まりました。佐久穂町の「のらくら農場」。まずは写真のスープが、今週後半あたりから並び始めます。野菜の旨味と香りを生かし、牛乳と生クリームでコクを出したクリームスープ。玄米の粒々入り。
農場主の萩原さんは、話しているだけで情熱がビシビシと伝わってくるアツい人。自ら土壌分析をして土の状態を見える化し、スタッフと共有。作物が示す微量要素の欠乏などの予兆も共有することで、スタッフと誰もが収穫の際に予兆をキャッチして対策を打つ。スタッフの就業時間は通年で朝7時から夕6時まで。などと、人を雇い、人と仕事をするためのシステムが構築されている場。
これはなかなか絵に描いても、実践するのは難しい。このスープも、農作業のできない冬場の仕事のひとつとして作り、スタッフが営業をかけることで販路を拡大していくアイテム。その一環でCAMBIOにもお話があった、という出会い。まずはスープをご賞味くださいませ。
のらくら農場 濃厚じゃが芋と玄米のスープ 香り豊かなにんじんと玄米のスープ 熟成かぼちゃと玄米のスープ 1食(150g)350円

研ぎ玄のコラム 切れてこそ NO.357 「キレイ」でこそ (15−5)
 木を燃やすと煙や臭いが出てしまう。焚き火のように木に火を付けて燃やすだけでは燃焼効率や排気がとてつもなく悪い。という事で「薪ストーブ」が登場したのだろうけれど「ストーブは設置したけれ、諸問題に悩まされた」という話を聞く。そもそも、薪ストーブは傍に薪が存在するような場所、即ち住宅地としては開かれていない「過疎」な地域で使用する暖房器具だと思われる。けれども「憧れ」だけで設置した挙句、排煙で近隣とトラブルになったりする。それが排煙の規制が明確化されている国で製造された製品でさえ起こるのだから、全く規制が無い極東の国で製造されたものを使ったりしようものならば、確実に問題が起きる。まあ「焚き火」のような一過性のものだって我慢の限界を超えてしまうことすらあるのに、冬場になると四六時中「排煙を浴びせかけられる立場」に置かれたらたまったものではないだろう。
 薪といっても素材は千差万別だから、燃え方が同一にはならない。大まかにいえば「針葉樹」と「広葉樹」では燃え方が違うし、大きさでもそれぞれ変わる。その上、乾燥(木材の乾燥とは、単純に水分量だけではありません。ご存知ですか?)の状況でも燃焼に差が出てしまう。こんな不揃いな素材を単純な機構の「薪ストーブ(しかも、煙突掃除が不十分な)」で燃やしてしまえば、当然不純物が二酸化炭素と共に排出され、燃焼不十分で一酸化炭素の量も増える筈。CO2の排出基準では木を燃やしてもカウントされないことになっているけれど、化石燃料同様に燃やせば炭素が空気中に放出されるだけではなくて、排気の管理が不十分だとPM2.5も出てしまう。「嫌煙権」がタバコ対象の言葉ではなくなる時代は、すぐそこに来ている。かも。

CAMBIO店主のコラム 雑言 NO.1161
店の大家さんが亡くなった。83歳。大雨が降る中で本葬があって、途中で雪に変わりはしないかとひやひやしながら参列してきた。ただの店子だから、本葬もお焼香だけで済ませるだけで十分にお義理は成り立つのだけれど、通夜にも納棺にものこのこと出て行った上に、本葬も初七日もじっくりとお経を聞かせていただいた。終わってから週一度の配達兼集荷の旅に出なくてはならなかったので、とにかく天気がどうなるかが気になって仕方がなかった。標高が高いところへ行くので、途中で気温が下がりだしてブラックアイスになったら最悪だ。お斎の席にはおいしそうな料理が並んでいたが、献杯が済むとそそくさと席を立って失礼してきた◆現在の店に移転して10年余りなので、大家さんのことは最晩年の10年間しか知らない。店が移転して間もないころは、2階のスペースを使いきる余力がなかったので、1年ほど遅れて2階を借りることにしていた。趣味が多彩だった大家さんは、今から3年ほど前に亡くなった奥さんとふたりで土をこね、2階を使って陶芸にいそしんでいた。ときどき蕎麦も打っていたようで、何度も打ちたての蕎麦をいただいた。2階で私たちはカフェを展開する予定だったが、様々な事情でとん挫して、数年間は無駄な家賃を払うことになってしまった。幸い1階のショップは順調に売り上げが伸びていたが、移転して3年目にリーマンショックが起き、それを契機に坂道は下りになってしまった◆坂道を転がり始めた店はなかなかその勢いに歯止めがかからず、苦悩の数年間を過ごすことになった。縮小していく時には考え方も縮小してしまうもので、とにかく経費を削って赤字を少しでも食い止めることばかりを考えていた。運転資金に窮して公庫に融資を申請すると断られる始末。全く予想もしていなかった現実に、融資不実行の理由を電話で聞きながら目の前がだんだん暗くなってくる感覚を覚えた。そして暮れも押し詰まった大晦日、毎年恒例にしていた大家さんへみかんをひと箱担いであいさつに行くとき、切羽詰まって家賃を値切ることにした◆薄暗いフェンスの裏を伝って玄関まで歩く間に、どう話をするか考え続けた。ダメだと言われたって、今以上に失うものは何もないのだ。窮鼠猫を噛むに至る前の、追い詰められた鼠を理解してもらうのだ。玄関の呼び出しを押すときに、すでに手のひらに汗をかいていることに気が付いた。気の弱い人間にとって、家賃を値切るというのは心理ハードルが結構高いのだ。例年通りのご挨拶を済ませ、多少の雑談にお愛想を返し、本題を奉る。こんな時は目線を外したら負けるので、じっと目を見据えて「2階の家賃を1年間待ってください」とお願いする。大家さんは雑談の時と同じ柔和な顔のまま、こちらの目の奥を覗くようにじっと見返してくる。一瞬の沈黙。ふくよかな耳をした人だ、長くてふさふさした眉毛だ。人相のひと通りにけち臭さがない顔だ、と顔を見つめながら思った。一瞬なのにどうしようもなく長く感じられる沈黙を経て「・・・いいよ」という言葉が返ってきた◆それからさらに2年、大晦日を迎えるたびに同じように「・・・いいよ」という言葉をもらって、われらが店はいつしか最大の苦境を脱することができた。自分たちに得るものはたくさんあって、大家さんは失うだけの不公平な展開は3年近く続いた。その間、人の足を踏み続けているという忸怩たる思いは消えることがなかったが、その刺したままのとげのような痛みから脱することは、すなわち自分たちの苦境から脱することにもつながった◆2階の家賃を再び払い始めたのは、まだ苦境にあえいでいる最中だった。それでも今までとは違う展開に向かうきっかけになるように、あえて家賃を復活させることにした。そして2階はモノを売る場所としてではなく、コトを楽しむために利用するようになった。まだ決して十分に使い切っているわけではないけれど、とげの傷みから脱するためにもがき続けているうちに、今までとは違う展開が見えてきたのだ◆そんな経緯を含め、大家さんにはひとかたならぬお世話になってきた。ただの店子としてではなく、最後を見送る気持ちが自然と湧いてきたのだ。これからはお世話になってきた人を見送ることが多くなる。襟を正して臨まなくてはならない。
posted by cambio at 08:12| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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